背景2


真空の歴史とその利用技術

1.真空の歴史とその発展

1643年にトリチェリ(伊)が水銀気圧計で真空を発見し、1648年パスカルにより大気圧が証明されました。その後人類は真空というものを作ること、利用することに興味を覚え究極の真空を追い求めてきました。科学から発展した真空技術はやがて電気や金属、光学などの技術/学術の発展に伴い多くの産業に用いられる基盤技術へと発展し、21世紀の高度化社会を支えるに至りました。
20世紀初めの頃、実用的には電球や電子管の排気、真空整流器の内部を真空にするための排気などに用いられ、その後金属材料の精錬、医薬品の製造、化学製品の蒸留、食品の製造や保存、製紙の乾燥、印刷機械の紙の搬送、電子部品の製造、半導体の製造、液晶表示装置の製造、太陽電池の製造、電機部品の製造、自動車部品の製造、各種製造機械の真空排気、陶器やガラスの成形、土木工事現場の減圧排気、公害処理、環境計測器、高原野菜の急速冷却、木材の乾燥、剥製の製造、繊維の製造などとても幅広い分野で発展してきました。 科学面では表面科学、表面分析、材料解析、素粒子科学、核融合、科学実験機器など幅広い分野で用いられてきました。

2.真空の性質をうまく利用した技術

真空は気体のない空間を意味しており、力学的には大気圧より低い圧力空間であり、化学的には酸素・窒素・水蒸気等活性ガスのない空間です。この力学的と化学的の2つの視点に立った特徴を生かして、あらゆる科学や産業で真空技術は用いられています。

3.真空技術の視点から、私達の目に触れる真空の性質を利用した各種製品や技術

○大気との圧力差を利用して吸引や気体や液体又は固形物の輸送などを行います。
真空採血管、真空吸着、真空ピンセット、真空下水輸送管、歯科医の唾液吸引器、バキュームカー、真空掃除機、真空ゴミ集配システム
○大気との圧力差を利用して液体や粘性の高い液体から空気成分の除去などを行います。
化粧品の脱泡、チョコレートの脱泡、工業用ゴム製品の製造、真空注型品の脱泡
○活性ガスの無い状態を利用して真空中に置いた物質が酸化や燃焼するのを防いでいます。
白熱電球、真空管、真空パック
○減圧下で蒸発を促進させ、蒸発潜熱により冷却に用いたり、乾燥に用いたりします。
高原野菜の急速冷却、真空乾燥野菜、インスタント卵スープの製造、真空凍結乾燥された医薬品、真空乾燥で作る動物の剥製
○減圧下で液体を加熱蒸発促進させ、特定蒸気圧の成分を凝集し、欲しい液体を抽出します。
真空蒸留で作られた焼酎やウイスキー、石油精製、廃棄物からPCBなどの油分抽出
○減圧下で金属等を加熱蒸発させ、表面に薄膜を形成して利用します。【後述:真空蒸着】
鏡の製造、金銀紙の製造、包装紙の製造、コンデンサー紙の製造、自動車ヘッドライト反射板、電子部品の製造、メガネの反射防止膜の形成
○減圧下では気体分子が少なく熱を伝導させにくいことを利用して真空を保温に用いています。
魔法瓶、真空断熱電子ジャー、冷蔵庫の真空断熱、住宅用真空断熱材
○減圧気体中の放電作用を利用して照明や表示装置に用いています。
蛍光灯、ネオンサイン、テレビのブラウン管、高速道路の水銀ランプやナトリウムランプ、集魚灯、メタルハライドランプによる野球場照明
◎減圧気体中の放電作用でスパッタリングを起こし基板に薄膜を形成させています。【後述】
CD、DVD、半導体素子、液晶表示素子
○減圧して固形物内部の空気を抜き、その後に充填したい気体や液体を注入します。
マグロの漬汁含浸、真空含浸発毛育毛法、弁当用醤油容器へ醤油充填、トランスへの絶縁油含浸、体温計への水銀やアルコール充填、液晶パネルへ液晶を注入

これら○印の真空利用に使われる真空機器は、油回転真空ポンプ、各種ドライポンプ、ドライベーン真空ポンプ、水封ポンプなどのほか高真空ポンプ等の真空ポンプ類です。しかし◎印の真空利用に使われている真空機器は前述の真空ポンプだけでなくもっと高真空を作る真空装置を組み合わせて使われています。

4.身の回りの製品の視点から、こんな製品が真空を使って作られています。

身近な製品には真空応用技術によって作られているものがたくさんあります。これらはどのような真空装置によって作られているか、ほんの一部ですが以下に示してみました。線を引いた部分が真空装置です。

CD,DVDなどの光ディスク
…光を反射する銀色はアルミニュウムや銀の膜をスパッタリング装置によってコーティングし、両面反射のDVDは真空貼り合わせ装置によって接着されています。
★液晶テレビやパソコンの画面
…液晶表示パネルは、ガラス板に透明電極やトランジスタをスパッタリング装置ドライエッチング装置で成膜加工し、液晶を液晶注入装置で封入して作られています。
プラズマテレビの画面
…プラズマパネルは、ガラスに透明電極をスパッタリング装置で成膜し、保護膜を真空蒸着装置によって成膜します。電極等はインクジェット装置により形成して、内部を真空排気装置にて排気して封止して作られています。
★デジカメの画面とレンズ
…デジカメの画面は液晶表示パネルと同じ製法で作られます。レンズはガラスで成形され、表面に反射防止膜を真空蒸着装置でコーティングして作られています。
★カメラやメガネのレンズ
…レンズはガラスやプラスチックで形されています。カメラのレンズのように何枚も重ねると光が反射して通らなくなります。ガラス表面に反射防止膜を真空蒸着装置でコーティングして光を透過するようにしています
自動車のヘッドライト
…ランプの反射板はプラスチックの成形品で、表面にラッカーを塗って平滑にし、真空蒸着装置スパッタリング装置でアルミニュウムを成膜して、さらにプラズマ重合装置によって保護膜をコーティングして作られています。
★自動車のサイドミラー
…自動車のサイドミラーや室内のミラーはガラスを円の一部になるよう成形したあと、真空蒸着装置スパッタリング装置に入れて、アルミニュウムやクロムなどの金属をコーティングして作られています。
デジカメや携帯電話の半導体
…携帯やデジカメの中は半導体や電子部品がぎっしり詰まっています。半導体は高純度シリコン面にトランジスタやコンデンサーをイオン注入装置スパッタリング装置ドライエッチング装置プラズマCVD装置を用いて形成して作られています。高純度シリコンの精製に真空溶解炉が使われています。
電卓や住宅屋根の太陽電池
…電卓用の太陽電池はガラス表面に電極やアモルファスシリコンという半導体をスパッタリング装置プラズマCVD装置を用いて作られている。住宅用の太陽電池は高純度シリコン面に電極等を印刷して作られています。高純度シリコンの精製に真空溶解炉が使われています。また太陽電池を外部の空気から遮断し、保護するために真空包装機が使われています。
見易くなった交通信号機
…見易くなった信号機は発光ダイオードが使われています。発光ダイオードは、化合物半導体表面に金やニッケルなどの金属電極を真空蒸着装置により成膜して発光ダイオードに作られます。
自転車のフラッシングライト
…自転車などに多く使われるようになったフラッシングライトは、最近開発された白色発光ダイオードが使われています。化合物半導体表面に金やニッケルなどの金属電極を真空蒸着装置により成膜して発光ダイオードに作られます。
★核融合装置
…見たことは無いでしょうが、最近よく話題になっています。核融合装置は、今まで使っていた化石燃料に替わって未来のエネルギーを作り出す装置です。大きな真空容器の中を超高真空にして、重水素やトリチウム等のガスを入れ外部から磁場や電界を掛けて放電させ、放電のエネルギーで水素ガスが融合してヘリウムに変わります。その時に膨大な熱が発生します。この装置そのものが巨大な真空排気装置なのです。
★ノーベル賞のカミオカンデの光電子増倍管
…小柴博士が受賞したノーベル賞はスーパーカミオカンデの観測機でニュートリノという素粒子が有限の質量を持つことを見出したことに対して贈られました。カミオカンデの素粒子観測機は11,200本の光電子増倍管という真空管で構成されています。この真空管は全部真空排気装置で真空に排気されて作られています。

ここまで色々な製品を作るために色々な真空装置が使われていることの一端を説明してきました。それぞれの真空装置は以下のような機構や機能を持っています。

5.今度は真空装置の視点でどのような製品が作られているかみてみましょう。

ここでは今まで【真空技術の視点から、私達の目に触れる製品】、【身の回りの製品の視点から、こんな製品が真空を使っている】など幾つかの視点で真空技術と各種製品や技術を見てみました。今度は真空装置の面からその装置はどのような構造でどのようにして製品を作っているのか見てみました。少し難しいですが読んで見て下さい。ここでは今まで【真空技術の視点から、私達の目に触れる製品】、【身の回りの製品の視点から、こんな製品が真空を使っている】など幾つかの視点で真空技術と各種製品や技術を見てみました。今度は真空装置の面からその装置はどのような構造でどのようにして製品を作っているのか見てみました。少し難しいですが読んで見て下さい。

スパッタリング装置

スパッタリング装置

真空容器内を真空にし、陰極と陽極の電極を置いて、陰極に膜の原料となるターゲット金属を貼り付けておき、陽極に膜を付けたいガラス板などの基板を置きます。真空容器内に不活性ガスのアルゴンを入れて排気しながら一定の減圧状態に保ちます。その後両電極間に高電圧をかけると、両極間に放電が発生します。陰極に置いた金属にアルゴンがイオン化して衝突し金属原子を叩き出し、陽極に置いた基板に陰極から叩き出されたターゲット金属が付着して薄い膜になります。この膜を半導体や液晶の電極膜、ミラーの反射膜などに使うのです。ターゲット材料は金属以外にも絶縁物や有機材料なども使用することができます。スパッタリングで分かりやすいのがCDやDVD、CD-Rなどの光ディスクの反射膜です。

真空蒸着装置
真空蒸着装置
真空容器内を真空にし、タングステンなどで作った加熱ヒータの中にアルミニュウムなどの金属を入れておき、高真空になった後にヒータに通電し、1000度又はそれ以上に加熱します。加熱されたアルミニュウムは大気と反応することなく蒸発します。蒸発したアルミニュウムは周囲に配置されたガラスなどの基板や容器壁に付着し薄い膜となります。ガラスのほかにもプラスチックのフィルムにつけたり、レンズにつけたりして使います。蒸発させる材料は金属以外に粉末状態にした酸化物などを膜にすることが出来ます。蒸着で最も一般的な製品はカメラレンズやメガネのレンズの反射防止膜のコーティングです。このほかに自動車のヘッドライトの反射器やバックミラーなどの膜も身近に見られます。
ドライエッチング装置
陰極と陽極の電極を設けた容器内を真空にして、陰極に膜の付いた基板を置き、容器内に基板の膜を削り取るための活性ガスを入れて一定の圧力に保ちます。両極間に高周波の電圧を掛けて放電を発生させます。陰極に置いた基板をイオン化した活性ガスが加速されて衝突し、基板の膜に、削る部分を露出し保護する部分をカバーしたレジストと呼ばれる膜で覆っておくと、膜が露出した部分だけを蝕刻(エッチング)することが出来ます。この加工は、膜の削りたいところを削り取って電極や配線を作るときに使うもので、半導体素子や液晶表示素子やMEMSなどの電子部品などを作るときに使います。エッチングを理解しやすい製品は、透明なガラス板に数字だけが黒く見える液晶置き時計を最近良く見かけますが、この数字の形はエッチングによって作られたものです。ただし、これを作ったエッチング手法は真空技術を使ったドライエッチングではなく、大気圧下の溶液中に晒された部分だけが溶けて削るウエットエッチング手法です。しかしエッチングを知るには良い製品です。
プラズマCVD装置
プラズマCVD装置
真空容器内を真空にし、陰極と陽極の電極を置いて、陰極から反応ガスを導入し陽極側に基板を取り付け、陰極に高周波又はマイクロ波等の電圧をかけて放電を発生させます。太陽電池などの製造のためには反応ガスはシリコンを含む水素化物ガスやハロゲン化物のガスです。放電プラズマはこれらのガスを分解させて基板表面に反応生成物としてシリコンを堆積させます。この膜が非晶質のシリコン薄膜となり太陽電池の発電素子になります。プラズマCVDは何の膜をつけるかによってガスや基板ホルダー部や装置の構造が異なりますが、装置は概ねこのような構造をしています。太陽電池だけでなくその用途は半導体素子、液晶表示素子などの製造にとてもたくさんの装置が使われています。
プラズマ重合装置
真空下で容器内に一対の電極を配置し、真空容器側壁からガス状のモノマーを導入し電極間に商用周波や高周波の高電圧を加えて放電を発生させます。この放電により真空用器内のプラズマ密度の高い部分に置かれた基板表面に、モノマーガスが重合されてポリマーを堆積させることが出来ます。装置はガラス管状の容器で外部からコイル状の高周波電極を巻きつけて、放電させて重合させるものや種々の方法があります。これらの方法で作られるポリマーは多くの場合有機薄膜を形成するのに用います。これらの薄膜は条件を変えることにより親水性の膜だったり、撥水性の膜だったりできるため多くの用途に使われています。最近ではソフトコンタクトレンズの表面に親水性の膜をプラズマ重合させ、撥水性のレンズ素材の濡れ性を改善したものが市場で評判になっています。
液晶注入装置
液晶表示パネルは液晶表示のための画素を形成したガラス2枚を貼り合わせ、周辺部に液晶を注入する部分を1箇所残して外周接着した後、液晶注入装置内に入れ、2枚のガラスの間の空気を排気して除去します。次に液晶注入部を液晶の入ったトレーに接触させ、外部全体を大気圧に戻し、ガラス内部の真空と注入口に接した大気圧の圧力差により液晶液をガラスの隙間に充填しています。この方法は大変時間がかかるため最近では滴下法という製法が開発されています。しかし小型の液晶パネルはまだこの液晶注入装置を用いています。滴下法は液晶表示素子が形成されたガラス板を真空容器の中に置き、周囲にシール材を塗布してから液晶を必要量パネルに滴下し真空中で位置合わせをしながらもう一枚の液晶パネルを貼り付けます。テレビ用の大型基板の場合は殆どがこの方法によって製造されています。
真空排気装置
電球や、蛍光灯などは内部を真空にしてからガスを充填して封じ切って作ります。排気装置はそれぞれの目的に合わせた真空排気装置が作られます。カミオカンデの光電子増倍管も同じです。宇宙空間と同じ環境を作り出す大きな真空容器のスペースチェンバーなども、その中で種々の実験やテストを行うもので、これも真空排気装置が付いています。また核融合装置などは内部を不純物ガスの無い超高真空状態にまで排気し、核融合に必要な重水素やトリチュウムを入れ、核融合反応で発生する熱エネルギーを取り出す機能を設けた巨大な真空排気装置です。これらの排気装置はその目的に合わせてポンプの種類や大きさを選定しその他の機器や計測器などを併せて作られています。
真空貼り合わせ装置
DVDは0.6mmの2枚の板を張り合わせて作られています。この2枚の板を気泡の無い状態で接着するには、気泡の元となるガスが存在しない真空中で貼り合わせることが有効です。このためDVDの製造ではUV硬化塗料を接着剤として塗布し、ディスクを真空中に入れて接着しています。
真空包装器
肉や魚やレトルト食品など多くの食品が真空パックされて店頭に並んでいます。店の中を見ると電気洗濯機ほどの大きさの真空包装機が置いてあり一つ1分もかからない速さで真空パックをしているところを見ることが出来ます。40センチ四方で高さが10センチほどの真空容器の上半分が蝶番で開閉できるようになっていて、内部には発熱体の枕が上下に一対、容器の端に設置してあります。ポリ袋にパックする肉などを入れて、開口部を枕の上に乗せ、蓋を閉めてスイッチを押します。容器内部はポリ袋の中も真空に排気されて、十数秒の後には発熱体の枕が下りて発熱して開口部を熱圧着します。封止後に大気に戻されて蓋が開きます。ポリ袋に入れた肉の周囲には気泡が殆どありません。このように真空包装器は誰にでも使える真空装置になっています。

このようにいろいろな角度から真空機器や真空装置と身の回りの製品を見てきましたが、意外と多くの製品や技術に真空が使われていることが分かったと思います。ここに紹介したのはほんの一部ですがまだまだ工業製品の中には真空技術を用いた製品や部品が多数あります。真空技術なくしては私たちの日常生活は成り立たなくなっています。