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真空物語

「あるセールスマンの真空物語」
川田 鶴勇
日本真空工業会  日本真空学会 会員会社
VAT株式会社 (旧社名:エス・ケイ・ケイバキュウムエンジニアリング(株))創立者

書評
ある展示会を見学していた時、私の携帯電話に突然川田さんから電話が掛ってきた。川田さんと私の交流は日本真空工業会時代に、会員訪問で訪れた赤穂の本社工場を訪問した時に会って以来続いている。大変懐かしく、しかし先方は用事があっての電話であるために、用事を伺った。その川田さんが云うには“今本を書いている。ある人物の下の名前が思い出せない。貴方のいた会社の人なら知っているのではと思い電話したんだ”と仰る。その後“真空業界の実績は如何か”という電話を戴き日本真空工業会のリリースした統計データを提供したことがある。それから1年余り、完成した著書を拝見して驚いた。川田さんの著書は実に鮮明な記憶と緻密な調査に基づいて、昭和中期の真空装置がどのようなニーズに応えて開発され、どこに納入されていったのかを克明に綴っている。しかも当時の社会情勢や産業の実態を併記し、その真空装置がどのような事情で作られ、使われたかにまで触れている。今まで技術者が書いた産業史のような論文は読んだが、このような営業畑の方が書かれた論文は初めてである。その時代は1951年~2010年頃までの半世紀以上にわたっている。彼の歩んだ“真空”の道は日本の真空業界の黎明期から成熟期、バブル崩壊とその後までを網羅している。その中で“あるセールスマン”が信念を持って販売してきた製品群がその当時の日本の産業界を牽引したことは間違いない。この本はそのような人生を送られた“川田さんの真空物語”である。読み進むにつれて実にその想いが伝わってくる感動の書でもある。日本の真空産業がどのように歩んで発展してきたのか、経営者や技術者、営業畑の人たちにとって、今も役立つ示唆や指針を感じるものと思う。

本書の内容を目次から概観すると以下のようになる。

第1章 浜の少年愛媛県の西端、八幡浜市(当時は矢野崎村)の片田舎に生まれた少年が、土地の風土、歴史、周辺の漁業、産業、濃いつながりを持つ地域に囲まれて育っていく。・・・・・美しいふるさとに生まれて育まれた少年時代の回顧録。 (24頁)

第2章 矢野が丘に草萌えて日本が日中戦争に突き進む政情不安の頃、川田少年は何を感じたのか、その中で上京し挫折を体験しアルバイト先で「真空」とめぐり合う。・・・・・少年期を過ごし希望に胸を膨らませて上京した青年が不安な政情の中で挫折を味わう苦悩の心情を描く。 (30頁)

第3章 真空の門 徳田製作所時代伯父の紹介で徳田製作所に入り、「真空技術」を売る会社の営業部門に所属して社会人生活をスタートさせ、真空を通して社会と産業を知るようにな。・・・・・晴れて社会人になり挫折から解放されて入った徳田製作所で学んだ「真空」の数々を新鮮な記憶でしるす。 (112頁)

第4章 真空の新天地 日本真空技術時代大きな社会の流れの中、日本真空技術に移り真空冶金装置事業、規格品事業、化学装置事業を経て、ソ連を中心とした海外事業部で活躍する。・・・・・日本真空技術で関係した各種真空機器と、共産国ソ連に売り込んだ冶金装置を克明に思い出しながら綴る。 (110頁)

第5章 飛翔 エス・ケイ・ケイバキュウムエンジニアリング時代して独立、起業する。スイスの真空バルブ世界的名門VAT社の販売権を得て起業し、超高真空、加速器、核融合、超LSI、液晶デバイス等あらゆる真空に係る。・・・・

独立して新しい会社を興し、新しい人材と世界のバルブと携わった各種真空を記す。(72頁)

第6章 随想76歳でエス・ケイ・ケイバキュウムを退き、自分の生きた社会人人生を振り返り、日本の昭和史を重ね合わせていた時に福島第1原発の事故が起こる。・・・・・

八幡浜から巣立ち真空三昧の人生を振り返って、福島第1原発事故に寄せた想いを語る。 (61頁)

木ノ切恭治 真空テクノサポート(日本真空工業会シニア会員、日本真空学会個人会員)

書籍の概要
発行元 : かまくら春秋社出版事業部  神奈川県鎌倉市小町2-14-7
電話 0467-25-2864
発行日 : (平成24年)2012年3月20日
装丁  : B6判 ハードカバー 433頁
価格  : 1890円(税込)
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